GS・ドマーニ

 ■ メンバー紹介

O・A
 前期の大司文敏氏とGS・ドマーニを設立した最古参のメンバーで、細身でしまっ
た体をフルに使ってダンシングしていく姿は、追随するものの戦意を喪失させるほど
パワフルで、大司氏に「あの走りは絶対に薬物を使用しているに違いない。」とま
で言わせたほどで、当時は、「ドラッグO」の異名を持っていた。
 しかし最近では、体型こそ当時とあまり変わりないものの、隠れタバコをするなど
不良中年化が始まり、あのパワフルなダンシングも、錦糸町『丸井』の裏あたりにあ
る、飲み屋のステージでしか見ることができないらしい。
 現GS・ドマーニキャプテン

T・F
 前記の荻野昭彦氏とGS・ドマーニを設立した最古参のメンバーで、初代キャプテ
でもあった。
チェーンを綿棒で掃除するほど非常に几帳面な性格で、納車された自転車が、1ケ月
後の方がきれいになっていたという逸話がある。
 しかしここ数年は木場にも、飲み会にも姿を見せず、幻のメンバーになりつつあ
る。
 どなたかTさんの消息をご存知の方、本人も含めてご連絡ください。
 特徴は、思わず吸いつきたくなるような唇を持った九州男児で、アーマーゲー仕様
のベンツ
(未確認情報ではジャガーに乗り換えたらしい。)に乗っているはずです。

M・K
 GS・ドマーニ会長で、92年の結婚以来、木場の練習にはすっかり姿を見せなく
なったが、非常に気配りを大切にする人で、飲み会にはナントカ都合をつけてかけつ
けてくれる。
 キヨ・ミヤザワの他にコルナゴも所有し、車はベンツ、マンションには代官山の名
がつくなど、メンバーの中でも、最もハイソな生活をしている。
 しかし、最近では新しいメンバーからは、幻の会長とウワサされている。
 中目黒手作りパン屋さん「ローゼンベック」を営んでいる。

Y・Y
 明治大学サイクリング部出身で、現在は横浜関内のお寿司屋さん『すし善』の若だ
んなである。
 非常に研究熱心で、亀戸のお寿司屋さんの修行時代には、飲み屋に行っても修行を
忘れず、飲み屋のネーちゃんの指で握りの練習をしていたほどだ。
 また、お寿司屋さんは指先が命ということで、夏の暑い盛りでも指先までカバーす
るタイプのグローブを愛用していた姿が懐かしい。
 独立して横浜関内に越してからは、会長の森田さん同様、飲み会だけの出席となっ
ている。

S・E
 年に一度出場する乗鞍ヒルクライムのために、一年間コンディションを整えている
S氏は、大司さんに負けず劣らず几帳面な性格で、愛車「ノア」の中なども、サイス
ポに紹介したいほどロードレーサーがきちんと収納されている。
 町内の消防団に在籍するほか、O・A氏同様、国際親善にも積極的で、O・Aさん
が、タイ、フィリピンとの交流を深めているのに対し、S・Eさんは韓国方面との交
流に勤めている。ちなみにJR小岩駅北口近辺を親善、交流の場としている。
 
 以上、今回は、今や幻の会員となりつつある人も含め、GS・ドマーニ第1期黄金期
を作り上げ、そして、崩壊させていった人たちをご紹介しました。
 なお、文中に、「飲み屋」、「飲み屋のネーちゃん」の文字が頻繁に登場し、不快
に感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、GS・ドマーニ第1期黄金期に活躍し
ていたメンバーから、「飲み屋」と「飲み屋のネーちゃん」の文字を取ってしまう
と、紹介文が1行で終わってしまうため、ご了承ください。

 ちなみに、GS・ドマーニとはGURUPPO SPORTIBO・DOMANI(グルッポスポル
ティーボ・ドマーニ)の略で、グルッポスポルティーボは直訳すればスポーツ集団、
いわゆるチームのことで、ドマーニは「明日」という意味で、「今日がダメでも明日
に向けてがんばろう」という、非常にポジティブな思いが込められていたのです
が・・・・・。
 次回はGS・ドマーニの将来を担うフレッシュな健康的なメンバーを、希望に満ち
溢れた文章でご紹介する予定です。

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